思い浮かぶことども
2011.11.6 東日本大震災模様と原発事故の課題(1) |
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2011年3月11日(金)14時26分の東日本大震災発生とその直後に発生した原発事故後始末が遅々として進まないように感じてならない昨今です。 私自身の大震災の直後の模様や原発事故を直感で捉えたことを私のブログにまとめていました。振り返って見直すとあながち間違った分析はしていなかったと思ったのでここでの記録に残すことにしました。 ブログは流れ去ります。時折見やすい場所に引っ張り出しておかなければ自分の考えすら忘れてしまいそうです。東北の大被害に比べるべくもありませんが、東京の地震模様と云うことでブログの文章を整理して掲載します。 オリジナルはこの辺に数日にわたって書いています。
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3月11日(金) 14時26分 東北大地震発生
東京での状況です。16時00分記述
一人で自宅にいて所用で駅前まで出かける準備をしているときに縦揺れはなく、横揺れが来ました。家内は自動車でプールに出かけている途中のはずです。 TVを消していたので事前の緊急情報が流れたのかどうか分かりませんが、14時30分頃に突然揺れ始めました。すぐにTVの電源を入れ、揺れがひどくなったので一旦庭に出ましたが、周辺の屋根瓦やアンテナの倒壊が怖くなり舞い戻って頑丈な食卓の下に隠れました。 数分間だと思いますが気持ち悪いくらい揺れました。 震度5強?初めて経験する恐怖の揺れです。 その後も続く余震のせいか体がいつもゆらゆらしています。この数日の不調はこの予知か?そんなことはないですね。(汗)
ガスメータの安全装置が働き止まっていました。これは解除したけどいいのかな?
タンスや棚は倒壊防止棒で突っ張っていたので倒れませんでした。壊れた食器類はゼロ。洗面棚の中に入れていた化粧品等がだいぶ落ちています。あとは棚の上に何気なく置いていた箱類が落ちていました。 倒壊防止のための突っ張り棒は効果があることを確認できました。
私の工場(実はガレージ二階)の棚に飾っていた汽車が幾つか転げ落ちていますが、未チェックです。此処はガレージだから地震に弱い建物なので気懸かりです。大被害では無いと思いますが、畳の上に並べ直しておきました。
蜻蛉池の水は揺すられたのか濁っています。井戸ポンプの側に汲んでおいた水が容器から飛び出して周辺は水浸し。 TVアンテナは大丈夫です。屋根瓦も落ちた形跡はありません。 次の大きな余震の時に蜻蛉池近くにいましたが、洗面器を揺らしたときのように波立っています。これは震度4強か?
テレビを見る限りでは東北は大津波発生で大変な状況のようですが、東京も海岸線の地域は地盤が弱いし津波が気になります。これまでの経験では東京よりも横浜地区が揺れるようなので更にひどいような気がします。
こんな具合の我が家でしたが、取りあえず周囲を巡回確認し次の地震に備えているところです。風邪気味で出かけなくて良かったと思いました。 被害が小さければいいですが、TVを見ている限りでは東北の津波は広域で大きな被害になりそうです。
余震が数分毎に来ているのでいつもゆらゆらしている感覚です。
追記 17:50
携帯、固定電話はつながりにくくなったのですが、家からの光回線経由のインターネットは通常通り利用できました。携帯メールは25分程度のタイムラグでした。 この時間になりやっと家族と連絡がついたところです。 家内には地震直後にメールし大丈夫の返事を貰っています。その後30分ほどで帰宅しました。左右の電柱が大揺れで恐ろしかった由。 娘はいま渋谷から徒歩で帰宅中、たまたま大井町で地震に遭遇し、直後の渋谷行きバスが動いたので座って渋谷へ到達できたようです。 伜は海岸近くの会社で待機中のようです。 東京も海抜が低い地域は心配です。うちの近辺は海抜35m程度と思いますが。それぞれのつれ合いも大丈夫でした。実家に泊まったり歩いて帰ったりでしたけど。
それにしても東京は停電が少なかったのが、何よりでした。 ガスは安全装置が働いてメータ部で止まっていて火災防止に有効に働いたようです。が、機構に不案内な人は帰宅後ガスが駄目になったと思った人もいるかも知れません。リセットすればOKです。老父が帰宅後、点火しないと云ってましたから再度ご報告。
追記:21:00 伜から会社から徒歩で渋谷に着いたとの連絡、渋谷からは徒歩で40分、多分自転車を使えるのでもう少し早く帰宅できると思います。嫁さんは徒歩で帰宅中とか、注意して帰宅してね。 渋谷から徒歩で辿り着いた娘は我が家に泊まることになりました。
3月12日(土) 我が家の被害模様
震災で被災された皆さま、お見舞い申し上げます。
M8.8(実はM9)とは信じがたいエネルギーです。神戸の大震災は神戸地域のピンポイントの直下型でしたが、今回は仙台地域という狭いものではなく東北全域にわたる広域地震なのでどのように救済していくか大変難しいように感じます。局地戦ではなく一気に広域戦になったという状況です。指揮官としての力量が問われます。
それはともかく、東北の被害とは比べるべくもありませんが、本日我が家を子細にチェックすると幾つか被害を発見しました。 老父の住む隣家の屋根の一番上、棟という半丸の抑えの瓦が三分の二ほど落ちています。地上まで落下せずに屋根に引っかかっていたので気が付きませんでした。見つけたのは伜でした。 道路に落ちなくて良かった。 急勾配の屋根なので私には無理なので知り合いの工務店に連絡しました。工務店の話によると工事中の家で同じ被害を被っているとのこと。環八沿いでも何軒か瓦の剥落を見たとのことでした。 やはり古い家の重い瓦は地震には弱いようです。
あらためてチェックしましたが、幸いにも食器類の破損も無く、台所の食器棚の開放防止装置は地震にうまく作動し扉をロックしていました。 棚の上に無造作に置いた箱の落下が目立ちました。タンスや棚は、倒れ防止支柱を付けていたので無事でしたが、支柱を確認するといつの間にか緩くなっていた箇所があったので締め直しました。
私の工場に保管していた機関車が3台落下、見た目の被害は微少でした。ホコリ除けの布とともに落ちたので救われたようです。ただ、Kingは修理のためむき出してにしていたのでテンダー後縁が曲がっています。いずれ板金作業が必要なようです。 その近くに置いていたプラモデル類は破壊されていました。定置型蒸気エンジンも落下し、蒸気取り出し口が外れていたので半田修理が必要です。落ちた部品が見つかりません。 Nゲージレイアウトは地震の揺れでレイアウト全体が動いた結果、外周線の一部が壁に当たって道床が浮き上がり、線路上の車両は全て脱線転覆しています。まさに地震災害直後の状態を示しています。 やはりガレージという簡易な建物なので揺れが激しかったようです。揺れの向き次第と震度があと少し大きかったら建物自体が危なかったかも知れません。
東北の方には恐縮ですが、東京住民にとっては大震災のシミュレーション的地震と言えるそうです。 反省すべきことに多々気が付いたので何とかしておかなければと思います。公的機関のやるべきことは色々あると思うのですが、個人の家で考えるべきことは次のことだろうと感じました。各論で色んな方法が出てきそうです。
・火を出さない
・食料、水、照明、情報通信の確保
・家族の安否確認
理想的に云えば、ミニ発電機での電気確保、井戸などでの水確保、下水利用の簡易トイレなどを思いつきます。今日は気遣って子供達が家に来てくれたので心強かったですね。(笑) お礼にミニ菜園で小カブ、二十日大根、小松菜を採り入れて貰いました。
えーとこれだけだったかな?
それにしても原子炉の事故、メルトダウンになっていなければいいのですけど。想定強度以上の地震が効いているようです。 |
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