クラカメ好きですか


ありがたいカメラ(ビテッサ) (2001.9.15)

 最近はそうでもありませんが、日本の一般家庭には仏壇があります。仏壇の扉は左右に開く構造でして扉の奥には仏様が鎮座しています。扉を開く度にありがたい御仏のお姿を拝むことが出来るようになっています。この扉の構造を俗に観音開きと呼んでいるようですが、かくいう曹洞宗の我が家では扉の奥には観音様ならぬお釈迦様が光り輝いておられます。(笑)
 では、カメラにこの仕掛けを取り込んでみたらどうなるでしょうか。手を合わせ、扉を開くとその奥からは御仏ならぬカメラの命であるレンズが出て来なければ話が始まりません。
 実は、50年ほど前(1950)にそのものズバリのカメラがあったのです。クラシックカメラマニアの中では著名なカメラでありますが、興味のなかった方々にも分かるように解説しておきます。

 ドイツのカメラメーカーの老舗、フォクトレンデルが送り出したビテッサというカメラが今回取り上げるカメラです。このカメラは全く変なカメラでありまして、カメラでは常識の軍艦部上の機構が見えないのです。更には、肝心のレンズも見あたりません。その代わりにカメラの前面には両開きの扉があり、シャッター釦より一回り大きい釦のお化けが上部に付いています。勿論シャッター釦もありますぞ。


 
 既に紹介した東ドイツ製のベラ(werra)シリーズはこのカメラよりも更に徹底し、カメラ表面からありとあらゆる突起物を排除しているので上には上がいるものです。いずれにしても、よっぽどへそ曲がりのドイツ人が設計したのでしょう。このような世間常識を逸脱していながらも「おやっ」と感じるモノはカメラに限らず機械趣味人の興味をそそるのです。フォクトレンデル製品はその傾向が特に顕著ですが、その反面、修理屋泣かせのカメラが数多いようです。

 ビテッサに話を戻しますが、Vitesseはフランス語でスピードという意味です。これがこのカメラの語源になったと思われます。仏語Vite(ビット)は「速く」という意であってフォクトレンデルの著名なカメラのVITOの名前の由来もこの辺りにありそうです。このような背景を踏まえて、このカメラを使ってみるとなるほどと納得することがあります。

 操作解説が後になってしまいましたが、弁当箱のように突起物のないカメラを持ち、シャッター釦を軽く押すと大きな釦が棒となって勢いよく飛び出します。同時に観音開きの扉が少し開くので、おもむろにレンズを引き出すのです。実際はこの棒に手を添えて急激なショックを避けることが、このカメラオーナーに科せられた作法であります。前述のシャッター釦のお化けが何とフィルム巻き上げレバーだった次第です。このピストンのような巻き上げ棒を押し込むとフィルムが巻き上がり撮影準備が完了するのです。レバーでの巻き上げ操作よりも確かに撮影速度が速いような気がします。

ピント合わせはカメラを構えたときに丁度右手の親指の位置に距離計ダイアルがあります。ボディの中に埋め込んであるので何のためのものか最初は分かりませんが、使ってみて大変スマートな設計だと思いました。

 このカメラを実際に目にしたのはクラカメの知識を殆ど持ち合わせていなかった10年以上前の池袋地下街のカメラ店でした。この異様なカメラの値段が\35K。今となっては悔しい価格でありましたが、当時の私が反応するわけがありません。また、ツアイスのテナックスII型という変カメも同価格であったと言えば世の知識人は涙を流すことだと思います。今日あのショーウインドウを思い出す度に当時の勉強不足に悔し涙が湧いてくるのです。(笑)

 数年前、新宿ドイで「ファインダー不良の格安ビテッサがありますよ。多分直せるでしょう。」と馴染みの店員氏から耳打ちされ、思いがけなく入手することが出来ました。これが私にとって最初のビテッサとなったのです。1954製造のII型でルトロン50mm/f2という有名なレンズが付いています。ファインダーを清掃するために分解整備に挑戦したところ、何とまあ、視差補正用の枠が瞬間接着剤で固着されていたのです。その結果、接着剤の蒸気でファインダーのガラスブロックが曇ってしまっていました。軽微な故障であったので完全に修復するとともに内部のメカニズムへもグリスアップや、注油やらを施したので軽快なカメラに変身させることが出来ました。息継ぎするスローシャッターも清掃をして元気になりました。

ビテッサL型ウルトロン50mm/f2のポジより転写)(coolpix990)

 このII型の特徴は、フィルム巻き上げの際に圧板の圧力を無くしフィルム送りを軽くするメカニズムまで持っています。ちょっとオーバーではないか思わせる微笑ましいからくりなのです。
 今年の秋の中古カメラ市では、観音開きの最終型であるビテッサL型をH田カメラから入手しました。この形式の特徴は、EV値で扱うセレン式露出計が付いていることです。レンズは定評のあるカラースコパー50mm/f2.8付きを選択しました。実用性高い近代中古カメラだと喜んでいます。
 故佐貫亦男氏は、ビテッサのレバーが火葬場の煙突に見えると言っておられたようですけど、どうしてどうして扉の奥のガラスの御仏に守護された極楽カメラではないでしょうかだ。大変ありがたいカメラです。ありがたや、ありがたや 合掌(笑)
(2001.9.15)

参考文献
カメラ名の語源散歩:新見嘉兵衛:写真工業出版社







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