クラカメ好きですか


一つ目カメラ(コンテッサ35) (2002.6.1)

 この異様なタイトルで思い浮かぶカメラは何であろうか?
分かってしまえば「なるほど」と云うことになるのであるが、日本語名では伯爵夫人の意味になる「コンテッサ35」という独逸ツアイス社の35mm蛇腹カメラである。カメラにあるのが当たり前のレンズは、その存在感が意外に感じられないのであるが、レンズ上部に突起した距離計の円形プリズムが一つ目に見えてくるのである。
 このカメラの生まれは、第二次世界大戦後の独逸シュツッツガルトである。「國破れて山河あり」の我が国と同様に戦後復興に励む彼の地で生まれたコンテッサ35には東西に分断された独逸の苦しみが詰まっているように思われてならない。
「古老にツアイスと聞けば、古き大独逸の象徴と答えてくれるでしょう。」小学六年だったと記憶するが、先生から鉄のクルップ、薬のバイエル、光学のツアイスという三大財閥が往時の独逸を代表する企業であると聞いた。また、「既に戦前には資源のないハンディを克服して空気中の窒素から肥料や火薬を作る技術を開発した。」とも聞いたような気がする。すごいなと思うとともにそんな国がなぜ戦争に負けたんだろうと素朴な疑問を抱いたものである。
 それはともかく、敗戦とともに進駐してきたソ連とアメリカとの駆け引きの結果、東西のツアイスに分かれた経緯は新潮社「ツアイス激動の100年・アーミン・ヘルマン著」に詳しいのでそちらへ譲ることとする。
コンテッサ35のレンズ銘であるツアイス・オプトン・テッサーという名に分断の名残が強く残っている。カール・ツアイス・イエナと呼ばれる戦前及び東独の銘には歴史の重みを感じるが、オプトン・テッサーという言葉には何となく安物、まがい物という印象があると云う人が多いようである。実際には全く変わりのない撮影結果なのにである。ブランド指向に走る傾向にある我が国では特にその傾向がありそうである。素人の私には、両者の写りの違いを区別することは不可能である。ただ、現実には戦後もののレンズにはコーティング剥がれが多々見受けられる。クラカメ駆け出し時代にこのトラブルに見舞われてしまい、結局手放してしまったものだから今回のコンテッサ35は、印象深いカメラである。 
 クラシックカメラの本を読み漁ると必ず出てくるのがこのカメラである。ずっしりと重く、機械の塊のようでいて「伯爵夫人」という名前を与えられていることに惹かれたのかも知れないが、新宿か、銀座のカメラ屋で格安のものを入手した。
セレン露出計が不動で低速シャッターが粘っているという典型的なクラカメ症状であるが、レンズはちょっと汚れている程度なので何とかなるだろうと思って買ってしまった。ところが、このレンズの汚れが曲者であり、致命的な欠陥であることに気付くのに1ヶ月かかってしまったのである。
まずはともあれ、不良個所を修理すべく分解法補を探ったが、「しめしめ、意外にも簡単に軍艦部が外れるではないか。」 露出計はセレン板を板バネで押さえるという簡単な構造である。接点の汚れが目立っているので試みに接点を磨いたところ、いとも簡単に動き始めたのである。「それではファインダーの清掃だ。」と思ってビューファインダーを調べるとプリズムを組み合わせた高級な構造である。表面の汚れを除去するだけで明るさを復活させることができた。
シンクロコンパー・シャッターの粘りは数回直した経験があるので「今度も頑張るぞ!」と気合いを入れて内部をベンジンで清掃したら、何とこれだけで快調になったので拍子抜けしてしまった。
 分解掃除の勘所が分かったので調子に乗って禁断の距離計に手を着けたため、不眠不休の修理になってしまったことは後で述べることとする。
さてさて、撮影である。当時のレベルでは、まずネガでレンズの質感を見ることであった。何と云っても独逸のしかもツアイスのレンズである。(笑)
大きな期待で近所のお散歩撮影を敢行し、急ぎ駅のDPEで結果を出したものの「えっー、どうしてだ?」と絶句する惨憺たる結果であった。
これなら大丈夫と撮った順光薄曇り写真がハレーションを起こしているのである。当然ではあるが逆光の風景や白いシャツなども駄目である。その反面、薄暗い光景を撮ったものは全く問題がないのである。これでは夕暮れ・宴会専門カメラである。
「おかしいな、レンズに変なところはなかったはずだ。私の見立てに誤りはないはずである。」と慢心の心で自問して、もう一度レンズをのぞき込んだものの少し汚れているだけである。「しかし」とバルブシャッターを開け電灯すなわち点光源に透かしてみた。すると電灯の周辺がもやっとしてしまうのである。「これだ!」子細に見ると前玉のコーティングにむらがある。どうやら全面的なコーティング落ちが生じている。
駆け出しのこの頃は、修理に再コーティングも含めるなど友人を含めて考えても見なかったので「これはもう寿命である。」と判断し、機械的には完璧に快調になったこのカメラを格安で委託販売してしまった。もちろん症状は正しく申告した上での販売であった。今考えると大変惜しいことをしたと思っている。そんな経緯で家出をしてしまったカメラであったが、最近、綺麗なレンズと汚れたファインダーを持つコンテッサ35を入手した。おまけにシャッターが粘っているのである。嬉しいことに専用革ケースもついていて安かったので思い切った次第である。
 ところで、このカメラにはこれよりも更に大きなトラウマがあるので手を出すのをためらっていた。それは、突起した目玉のような距離計に起因するものである。
コンテッサ35の距離計はドーレカイル式というツアイス独特の方式を採用している。戦前の国際的なベストセラーであったスーパーイコンタシリーズに用いられた伝統ある距離計である。
円形の偏光プリズム2枚を組み合わせ、2重に反転させてファインダーに内蔵したプリズムを利用して2重像を一致させるのである。
ところが、この調整が極めて厄介なのである。距離計の清掃のためにこのプリズムを不用意に分解してしまったのである。二枚の歯車に抱えられた素通しの円形の単なるガラスかなと思ったのが敗因であった。確かにプリズムは綺麗になったのであるが、どう組み立てても無限遠が全く合わなくなってしまった。とうとう万歳をしてこのガラスは一体何者だと距離計の理屈を調べて大反省したのであるが、時既に遅しである。
 その夜は、二枚の歯車付きガラス玉を一歯毎の組み合わせ位置を変更しながら最適位置を探し出すというmxnの組み合わせの解を求めることとなった。が、予想通り何時間作業してもうまくいかないのである。「ひょっとしたら壊してしまったのかな?」と思い始めた頃、次第に正解が見えてきた。最適点を行ったり来たりして「これだ!」と調整位置を見いだしたのは夜も白む時間であった。「もう、二度とここには触らないぞ。」と決意したのは当然のことである。「このカメラもしばらくは見たくも無い」と思って10年近く経ってしまった。
四,五年前に友人が企画する「コンテッサでコンテッサを撮る会」という楽しい集まりにも残念ながらコンテッサで参加することができず、ブロニカS2という中版6X6カメラを使ってしまった。
コンテッサって何ですか。」 「それは昭和30年代に日野自動車が作っていたリアエンジンの格好いい乗用車の日野コンテッサですけど、ご存じですか?外国車にも負けていないなと思った車でした。」
コンテッサのボンネットにカメラのコンテッサを置いて撮ることができず今でも悔しい思いをしている。(笑)
 この泣きたくなる修理の一件からズーッと近く横目で見るカメラであったが、さて今回はいかなるドラマに進展するのだろう。今のところ親しい友人関係を保っているのであるが(汗)(2002.6.1)







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