ポッポの煙
国鉄9600蒸気機関車の復活といっても実車のことではありません。アルコールで動く模型の蒸気機関車です。自分自身の予測不可能な行動でこの蒸気機関車を復活させることとなって大汗かいて油まみれのお遊びをしています。何故なのかやってる本人もよく分かりません。・・・・・・・・ 我々団塊の世代が慣れ親しんだ乗り物の代表は、何と言っても蒸気機関車です。眼を閉じて思い浮かぶ光景は、佐世保線・高橋駅下りホームです。東の佐賀方面から遠い汽笛が聞こえ、しばらくすると新堀地区の大きな木々を越えて機関車の吐く煙が見えてきます。線路はこの辺りで大きく右へカーブしているのでまるでホームの後ろ方向から現れるような錯覚を覚えたものでした。思い浮かぶ光景が何故下りホームなのか、きっと幼児の頃より祖母に連れられて里の有田へ向かったことや、高校通学の汽車持ちの記憶が刷り込まれているのではないかと思います。反対側の上りホームには、駅舎や日通の引き込み線がありましたけど蒸気機関車の接近を連想するには何故か印象が薄いようです。ご当地を離れる高校3年までは大半の列車が蒸気機関車でしたけど9600は、C57,D51中心の佐世保線で運転されていたわけでなく佐賀機関区の佐賀線、唐津線や筑豊方面のように更にローカルな路線に配備されていたようです。佐賀から唐津へ向かう貨物列車、佐賀駅の転車台での方向転換、筑豊での石炭運搬などの光景が思い出されます。 9600は、大正生まれということもあって一見すると古ぼけた機関車ですが、ずんぐりとした豆タンクのような姿に力強さを感じました。大地をしっかと踏みしめたような4組の動輪にその印象を強くしたのだと思います。 さて、これらは、いつでも目にできる光景だったので珍しいとも思わなかったので写真すら撮っていませんでした。自分用のカメラを持つなど思いも寄らぬ時代だったこともあります。今となっては脳裏に描くほかはありません。如何ともしがたいことでありますが、流れ去る時間がこれらを次第に消し去りつつあります。 とはいうものの50歳も半ばに近い年齢のせいか蒸気機関車を記憶の中に留め置くだけでは物足りなく、実物に近いライブ模型で往時の雰囲気を味わいたくなりました。そのような時にオークションサイトで偶然にも格安の9600を目にしてしまったので蒸気魂に火が着いてしまいました。 記録破りの酷暑の中(2001.8現在)、せっせと9600の復活に勤しんでいます。完成までは道は遙かでありますが煙を吐いて走る様を思い浮かべながら無我の境地を味わっている次第です。 ボイラの水圧試験には2回トライして何とかクリア、足まわりは、気を使って組み立てた努力が実り、1.5kg/cm2以下の空気圧で初回でスムーズに動きました。ここまで来ればあと一息なので気を抜かないでじっくり取り組みたいと思っています。我が家に9600の汽笛が響きわたるのを夢見て。(2001.8.17)
という真摯な取り組み方で頑張っていたのですが、結局年を越して1年後の2002.9下旬に完成したのはご報告の通りです。(2002.10.14) |
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