列車の旅いろいろ

2001年12月09日

故郷へ出張しました。(平成13年12月7-9日)


12月9日佐賀出張後記

 偶然にも仕事のことで佐賀県庁へ出張となり、嫌いな飛行機で九州入りしたのが一昨日のことである。この間、井本佐賀県知事にお目にかかり、示唆に富んだご意見を拝聴し、なるほどと思させられたり、旧友の先生の案内で唐津に一泊することとなり、極めて充実した故郷出張を果たすことが出来た。多分最初にして最後のことであろう。(汗)
出張が終わり帰路は新幹線で戻ることとし、久しぶりに実家の母に会って帰宅することとした。
 唐津から博多へは、唐津の町に直行なったJR九州の筑肥線である。福岡市内に入ると地下鉄へ相互乗り入れしており、何と福岡空港迄直行できるのは驚きであった。この線は過去何回か乗ったことがあるのだが、福岡−唐津間は乗り通したことはなかったと思う。唐津の駅も場所が変わったとかで初めて乗る感覚である。車窓に流れる虹の松原、玄界灘の光景は一見に値する。
改めて眺めてみると地元が誇りうる素晴らしい地域であると見直してしてしまった。唐津から福岡空港へと直結しているのも大きな魅力である。
 正直言ってこの沿線に別荘が欲しいと思ってしまった。(笑)
 実家へは偶然にも弟一家が孫を連れて来訪しており久しぶりの再開を喜んだ。その後、長男が生まれたばかりの姪を訪ねて新幹線に飛び乗った次第である。

14:30のぞみ22号定刻発車
 そういえば昨年も全く同じ時期に熊本へ赴いていた。ただし岳父の十三回忌という私事であったため綿密な記録が残っている。公務は駄目である。気持ちの入れ方が違うのである。

14:50早くも新下関通過
九州とは感慨もなくお別れである。本来ならば寝台列車と思ったもののその後の疲れ等々で今回は断念した。公務の延長ではなかなか元気が出ない。自前の阿房列車でないと精神的な余裕が何故かなくなってしまう。せめてもの抵抗に飛行機で帰宅するのを止めて新幹線の旅とした。
 昼食を姪の家に持って行った博多駅のかしわ飯駅弁が敗因だったのか、今一つ食欲がない。ビールを睡眠薬代わりに一眠りのつもりが、この文章を書き始めたものだから眠るわけに行かぬ。列車は、ひたすら広島を目指して進行中である。

15:35広島発車
 西日が強烈である。冬の日とは思えぬ強烈さであるが、水平に近い太陽光線が流石に年の瀬を感じさせてくれる。

15:47三原通過
 走行中に初めて認識した駅であるの動体視力もまだ捨てたものでないと思い、これを記す。(笑)

16:10岡山発車
 発車直後、旭川に続き百間川を渡る。川名の看板が高々と掲げてあり阿房列車万歳をしているようである。次回は阿房列車をやりたいと思う。窓越しに百間川の記録をニコン35TIで撮る。

16:40新神戸発車
 いささか眠くなってきた。うつらうつらの状態が続いている。よそ様をうろついていると知らず知らずのうちに疲れが溜まってきたようである。何と言っても自由な旅が一番であるが、当面は果たせぬ夢である。日は既に地平に没しつつあり夕空が何となく家を恋しくしてくれる。家並みがごちゃごちゃと続く見慣れた関西の光景が続く、現在、淀川を現在通過中である。

16:50新大阪
 日曜日の後半の列車のせいか、どっと混み始めた。ワインを買い込んだものの昼のかしわ飯の反動で食欲が今一つである。さてさて、飲もうか飲むまいか迷いつつ瓶とにらめっこ中である。(汗)

16:10京都
 車内は更に混んできた。グリーン車がまるで普通車のようである。不況といいながらもこの状態。この状態が続く限り構造不況が終わらないとはクーさんのお話である。
いっそのこと仕掛けを昔に戻して一等、二等、三等車とすれば更に不況統計が取り易かろうと考えた。一等に乗る客、二等に乗る客、この区分とは何だろうか?かの百間翁曰く、「二等の客は中庸に見えてさに非ず、一番卑しい心の持ち主がこの客であり、志高きものは一等に乗る。その中でも抜きんでている人物は借金してでも一等に乗る。」のとのことである。このくだりを何故か思い出してしまった。
 猫も杓子もグリーン車へ走る、国滅びて虚栄残る。かくいう私も一体何なのか反省する。
この時点でワイン2杯目となり調子が出てきたようである。現在関ヶ原辺りと思われる。

東京着
この後ワインと疲れで沈没する。気が付いたら東京である。自発的な旅ではなかったので積極的な阿房な展開が出来なかった。
そうそう、ずーっと背広を着通しの旅であったのが、一番の敗因であった。

と新宿へ向かう中央線快速の中で記す。
(2001.12.9)







トップへ
戻る
前へ
次へ