
連休阿房旅行
4/30 佐世保線・武雄温泉駅到着、議員殿と待ち合わせの16時にはちょっと時間があるので温泉街を散策することにし、新装なった武雄温泉本館へ向かった。武雄温泉は、千二百年前から湯治場として利用されてきたとのことであるが、明治以降は佐世保にあった海軍鎮守府から愛されて大いに賑わってきた。現在は静かな湯治場としてまた見直されてきているようである。武雄温泉はぬるく、隣の嬉野温泉は熱いお湯だと昔から云われていたが、ぬるいからこそ水を足さずに生地の温泉に浸ることができると云うことで泉質も喜ばれるようになったと地元の人に聞いたばかりである。 ちょっと寂れかけた温泉通りを通りこの町のシンボルになっている楼門の前に来た。この楼門こそ、出発の際に眺めてきた東京駅の設計者、辰野金吾博士の設計の木造建築物である。楼門の向こうに新装なった同じ辰野氏の設計になる温泉会館が見えた。
 <武雄温泉の楼門とその向こうに温泉会館が>
武雄温泉のぬるっとしたアルカリ泉にはいっていきたいのであるが、時間がない、或いは翌日に期待をかけたが、今回もやっぱりパスとなった。その代わりに温泉会館の昔の大理石作りの浴室に入ってきた。もちろんお湯は入っていなかった。小学生なら胸から首のところまでお湯がありそうな深さである。 古い記憶を辿ると溺れそうな深い湯船に浸かっていた記憶もあるのだが、定かではない。 温泉会館の二階から身を乗り出して右を見ると牙々たる巌の蓬莱山、すなわち桜山が見える。低い山であるが山頂の岩に趣がある。小学時代に登った記憶があるので見かけほど恐ろしい山ではないが、今回年寄り二人組につきパス。(汗) 蓬莱山のいわれを勝手に推測すると、この温泉の横手に色町があり佐世保の海軍さんが遊びに押し掛けていたようである。かの山本五十六元帥も壮年時代大いに楽しまれたやに聞いている。その界隈のことを地元では蓬莱町と呼んでいたことに由来するのかもしれない。高校時代頃まではその地域には風格ある木造3階立ての建物が並ぶ町並みがあったのだが、その後どうなったか確かめたことはない。「蓬莱町のぎっちょんちょん」とか「おったぼうの卵」とか人には聞けぬが、大正生まれの親父達には分かっている隠語があったのである。(苦笑) 小学生の頃、親父から用を云いつかり、父の友人宅へ「おったぼうの卵下さい。」と訪ねていくとその小父さんは、にやっとして「あ、残念、それは何某さんちへ渡したから、其処で貰って」と言われ、また次のお宅へ行くと同じことを云われ、結局「なかったよ」と帰宅するのである。 「おったぼう」とは、芸者のことであると後年知って苦笑いしたのであるが、大正生まれの親父達のたわいのない遊びであった。
そんなことを思い出しながら武雄・鍋島家のお風呂であった貸し切り風呂、すなわちシーボルトの湯を入り口から覗き、裏口あたりをうろついた。私の記憶だと、この辺りに神宮皇后が見つけた泉とか何とか書いてあった場所があったのであるが、受付のおばさんに聞いても定かでなかった。あれは幻だったのだろうか。 幻と云えば犬年の酔考さんもその近辺をうろついていたが、「女湯の中が見えた。でもお婆さんだけだった。」とのたまわった。が、私には何も見えなかった。それは酔考さんの幻覚であったのでしょうか(苦笑)
温泉から町を見物がてら駅へ戻る。議員殿に電話、駅で待つことしばし、まーちゃん先生の登場である。 そのまま宿に行くのも勿体ないので武雄の大楠に案内を請うと、「よかバイ」と武雄神社へ連れていってくれた。古代の城跡と思われる古い石垣沿いを上ると、千年以上も前からの神域である。残念なことにこの神社は10数年前だったか焼失し貴重な建物が失われた。既にコンクリートの本殿が再建されているが勿体ないことであった。 神社を掃除している恰幅のいい人がいる。先生が、「こんにちは、大楠を見せてくんしゃい」と頼むと、「どうぞどうぞ」 何とその方が武雄神社の宮司・武雄さんであった。 挨拶もそこそこに大楠のそびえる場所へ神社裏手へ下った。 高校時代に何度か来たことがあるはずなのだが、途中の道の記憶がない。が、大楠を見た途端、この大木の姿が鮮やかに蘇った。昭和41年当時、この木は、放置状態で木の空洞の中に入れた。幹の空洞越しに写真を撮った記憶がある。現在は保護のため根の近辺には近寄れないようになっている。これはこれで良いことだと思う。そのせいか、大楠の周囲が苔などが増えてソフトフォーカスをかけた雰囲気となり、古武士が凛とした姿で立っているような、見とれてしまう威厳を持っている。 酔考さんは、私以上に感激して声もない。「素晴らしい」の一言だけである。
 <武雄神社の大楠、全景を写すのが大変です。>
私もこの大木を見てこの年になってこの地に生まれたことを誇りに思った位である。(笑) ところが、この翌日川古(かわご)の大楠で更に感激するとは思ってもいなかったのである。(2004.4.30) |
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