| からくり日記もこのところ低調である。ネタ切れであるはずはないのであるが、新しいことに感動する心が摺り切れてきているようである。そういえばちょっと前まではそうではなかったかなと思う運動不足を反省しつつ歯車問答とは違う世界に遊んでみることとした。 サイクリングから遠ざかって久しいのであるが、サイクリングで近隣を走り回る目的は湧き水の探訪であった。自然からはほど遠いと思われている東京が実は湧き水の宝庫であることをご存じだろうか。自分の故郷が一番で東京など自然があるわけがないとお考えの方も多いのであろうが、どうしてどうして驚くべき湧水群であり、またそれらが危機に瀕しているのである。台風22,23号に中越地震と水の話題はふさわしくないかも知れないが、ふと浮かんだことどもの記述、ご容赦願いたい。
私の生まれ故郷、佐賀県武雄市は温泉と緑の木々に囲まれた豊饒の地であるが、湧き水の場所を何故か知らない。岩肌から水が浸み出して飲み水として汲まれている青い泉などはあるのであるが、東京のように水がこんこんと湧き出す地点は記憶にない。掘り抜き井戸など作らずとも地下水位が高かっいのでちょっと井戸を掘れば良かった土地柄だったからかも知れない。 ところが、50歳に近づいた頃東京を走り回って湧き水の多さに気付いたのである。もっとも最初は二子玉川で多摩川につながっている野川という小さな川を遡ったらどこまで行けるのだろうと云う何気ない探求心がきっかけである。この野川沿いには見るべきところがあることは知っていた。世田谷区立次太夫堀公園がその一である。実は蜻蛉池を思いついたのもこの公園に通うようになって自然の生態系の不思議さに感激したからである。
それはさておき、バーチャルなサイクリングでコースに連なる湧き水地点をご案内して東京の自然のからくりに触れてもらおうと思う。 家を出るとまずこの公園を目指してペダルを漕ぐのである。世田谷通りをしばらく走ると桜並木に沿って下りの連続になる。特に砧小学校横から野川に続く水道道路は一直線の下りで車も少なく自転車にとっては大変気持ちがいい。これらの下り坂が武蔵野崖線と呼ばれる東京の台地の西端なのである。その昔、多摩川が自由奔放に流れていた頃、武蔵野の台地を削った後がこの崖線であって田園調布辺りから国分寺まで延々と続いている。 ということは、武蔵野台地に降り注いで地面に浸透した雨水は、武蔵野の地下を四方八方へ流れ西ではこの崖線から地表に出ているのである。 まず目に入るのは世田谷通り沿いの都営・大蔵団地内にある湧き水である。現在は整備されて池になってしまったが、初めて目にした頃は子供達が中に入ってジャブジャブ遊べる和やかな水辺公園であったのであるが、水を溜め、鯉を泳がす月並みな池にしたことで価値が半減したと思う。そういえば小学生の倅を連れてこの公園を皮切りに湧き水地帯に何度か遊んだことがあるが、どのくらい記憶しているだろうか。 砧(きぬた)の水道道路を下り、野川を渡ると次太夫堀公園である。世田谷と思えぬ田園光景が広がっており土の土手の小川がまだ流れており、今や田舎に行っても見ることのできないこの公園の世界は何時までも残して欲しいと思う。 この公園には残念ながら湧き水はないのであるが井戸が掘られている。天秤式の汲み上げ装置、はね釣瓶が設置されているものの安全面から井戸には蓋がされていて残念である。 この公園を抜け野川のサイクリングコースに出て源流まで遡ることとする。まず、大工事で昔の姿が消滅した小田急線の下をくぐると喜多見不動尊の境内に一筋の湧き水が流れている。 その崖沿いの道をほんのちょっと行くとみつの森湧水地である。ここは中まで入れないので柵越しに湧水を鑑賞して野川を上る。 調布市から三鷹市にかけて右岸を走っていくと崖線は、遙か彼方、深大寺方面まで退いているので湧き水は見受けられないが深大寺やその近辺で湧いた水が清冽な小川となって野川に注ぎ込んでいてホッとする地域である。この状態が何時までも保たれていることを願ってやまない。 中央高速の下を過ぎると再び崖線が近づく。対岸には昔の水車小屋の跡地が有り、ダミーの水車が回っている。大変水豊かな地域だったことが分かる。目を足下に落とすとそこは水田であり、稲穂越しの崖線沿いには山葵(わさび)田である。箕輪さんと云う農家ではこの山葵を売っていた。このお宅のちょっと先には野川沿線随一の水量を誇るの湧水地がある。藪蚊に悩まされるが必見の場所である。更に野川を上ると国際基督教大学すなわちICUの下に広がる野川公園である。ここには至る所に湧水があり子供らが水遊びに歓声を上げている。その昔は大学のゴルフ場跡だったので起伏に富んだ芝生は遊び回るには最適である。 このような多くの湧き水が野川に注ぎ込み都会の川とは思えぬ綺麗な流れであり近隣の方が羨ましい限りである。 野川公園を出るともう武蔵小金井市である。崖線が側まで迫っており湧き水の宝庫である。野川から離れて崖線寄りに移動すると、中村研一美術館には掘り抜き井戸がありホッとする作品と掘り抜き井戸のある光景が広がっている。すぐ近くのお宅にも湧き水があると聞いているが、お茶教授の看板のある立派な家のことであろうか。 貫井のバイパスを越してすぐの貫井神社にも湧水がある。社殿裏の横穴から湧き神社の池に導かれている。 ここの湧き水は神社前にあったプールに導かれ、天然のプールがあったそうであるが、さぞや冷たかったことであろう。神社前の崖線沿いの道を更に上っていくこととする。 そういえばこの近くに滄浪泉園(そうろうせんえん)という庭園があるのでここも必見の地である。
貫井神社から先は山沿いコースを走ることになる。というのは野川は小金井の住宅地から暗渠に入ったり、住宅の間を流れる小川となってなかなか出会えないのである。一気に源流の地へ走っていくのであるが、東京経済大の敷地にも湧いている。
 <野川公園は奥の左右の森。野川は細い小川になりました。(武蔵小金井市)>
しばらく走ると国分寺である。この駅前にも都営・殿ガ谷戸公園という湧水のある庭園がある。 ここを見学した後は迷路状の道を走ることとなる。路地沿いにちらちらと野川の名残を見るとホッとする。きちんと整備された散歩道に出るとそれが将軍が鷹狩りに来ていた地域になぞらえてお鷹の道と呼ばれる名所である。小川沿いの道、家毎の洗い場、そして囲った柵内には鯉が泳いでいるという東京離れしている場所である。そして右に曲がると源泉・真姿の池とその湧水地である。ポリタンクを持ってきて水を汲む人達を何時でも目にすることができる。すぐ近くには万葉植物園のある国分寺であり、ここにも源泉がある。少し歩けば武蔵国分寺跡である。実は野川にはもう一つの源流があるのであるが、日立中央研究所内にあるため一般人は入ることができないようである。
からくり日記と言い難いので恐縮であるが、以上が駆け足で巡った仮想サイクリング・武蔵野崖線湧き水の旅である。(2004.10.31) |
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