ライブスティーム雑記帳

ピボット弁を使った蒸気機関車(2005.10.12)


 一つの技術が成熟すると更にそれを乗り越えようとする波が起きる。過去から現代に至る技術の進化を支えてきたのは現状を打破しようとする力である。ブレイクスルーという聞き慣れた言葉で言い換えれば親しみやすいかも知れない。その努力が必ず時も報われるとは限らないのであるが、限界を超えようと云う努力が新しい世界を拓いてきたといえよう。
蒸気機関車においてもこの努力がなされてきたようである。その新しい取り組みを実用機に取り込み、現代の我々をあっと云わせしめる機関車を開発してきたのはアメリカのペンシルバニア鉄道のである。欧州においてもその取り組みがなされていると思うのであるが、米国型の派手派手しさに惑わされ聞き及んでいない。

 最近、北裏鉄道の会員である原田さんがペンシルバニア鉄道2-2-2-2Duplex T1のライブスチームを入手されて板橋さんのサイトへ投稿されている。更には自らのブログを開設しこれまでの経緯を紹介されるに至り、驚愕の思いで拝見させていただいる。詳しくはそれぞれのサイトをご覧になっていただきたいのであるが、30年かけて製作された博物館級の大型ライブが日本人の手にゆだねられ開発の継続を委託されたことは実に嬉しいことである。原田さんの人格がなせることだと祝福のエールを送りたい。
PRRのT1は、先端の流線型もどきの異形、二軸二組のエンジン、全体の流れるようなフォルムに一度目にすると忘れられない機関車である。これと同様にPRRの蒸気タービン機関車も興味を持たされる機関車である。

  <板橋さんのサイトより拝借>

前置きが長くなったが、このT1のエンジンは普通のピストン弁のゲテモノ機関車だろうと顧みたこともなかった。ところが、今回の原田さんの快挙で実はとんでもない機関車だったことをご教示いただき、その慧眼に恐れ入ったのである。
強力且つ高速走行を指向するためにはエンジン作動時の質量を下げ微妙な弁制御を行う手段としてピポット弁を使った方式を採用していたのである。ピポット弁は、自動車エンジンの弁に使われているスプリングとカムで駆動される弁そのもののことであるが、このT1に採用されている蒸気を速度に応じて効率よくピストンに配分するシステムは、正式には、FSSD(Franklin System of Steam Distribution)と呼ばれる機構であることを今回初めて知った次第である。
機関車先端の膨らんだ箇所がT1の心臓部といえる部分である。クランクから駆動され内部に持つワルシャート弁機構でピポット弁を動かすタイミングを生み出すFSSDの箱が入っている。また、後部エンジン用としてボイラーの中間下部にもこのからくり箱が置かれている。その子細は、これから原田さんのブログ等で明らかにされていくものと思われるので大いに楽しみにしている。
原田さんのブログによると巷間で伝えられていた「T1は空転が多くて機関車としては問題が多かった。」と云う話は本質を表しておらず、出発時の缶水の移動で前動輪が空転していたがイコライザの採用で線路への喰い着きが良くなると本来の性能を発揮するようになったということである。その結果、1,200頓もの車両を引いて130マイル(200km/h)以上の速度で走ったというのだから驚異的なことである。公式な速度測定にエントリしていないので蒸気機関車の最高速度世界記録は英国のマラードが持っているが、真の実力機関車はこのT1であるというのが、機関車仲間の見方である。
このT1を10/14に見学させていただく予定なので、機械オタクとして大いに楽しみにしている。

ピポット弁を改めて検索してみると蒸気機関の分野では蒸気機関車のみならず蒸気自動車のエンジン等に使われていたようであり、不勉強を大いに恥じた次第である。従来の蒸気機関で使われてきたスライド弁やピストン弁に比較してどの様に開閉タイミングを設けてあるのか興味のあるところである。FSSDは原田さんのレポートに詳しく解説されているのでを是非ご覧になっていただきたい。ものを見ていない私が百万遍書いても意味不明であろう。

日本の機関車は狭軌では世界最高と聞かされ、C622などは世界に冠たる機関車であると思っていたのであるが、30年近い昔、Nゲージを通じて世界機関車、特に米国型機関車の巨大さと発想豊かな設計を知り、日本の蒸機は可愛いなと感じた。ライブスティームで蒸気機関車の内部構造を理解すると米国型の強大さ、英国型等の優美な強力さに驚いてしまった。日本型機関車贔屓もいいのであるが、客観的に機関車を眺めることも大切である。 今年の初夏に完成した英国LMSのDuchessの優雅な姿からはその内部に強力な4気筒エンジンを持っていることは想像できない。日本のマスコミは姿のことばかりで複雑な構造など一度たりとも教えてくれない。最近10数年前の英国鉄道特集(NHK)のビデオのDVD化に取り組んだのであるがこのシリーズではエンジンの話には殆ど触れられていず情緒的なお話が多い。このビデオの中に当時は知らなかったDuchessと同型機が疾走するシーンがあって儲けものだと思った。

 日本の鉄道が世界に冠たる鉄道に成長し、それを維持するには第三者の目で見ることが必要である。贔屓の引き倒しにならないよう鉄道ファンは心すべきであろう。
JR自身もかくあって欲しいのであるが、経営を優先するあまりにあらぬ方向へ走り過ぎていると思うのは私一人であろうか。
時空を越えた隠れた名機関車T1を知り米国技術陣の開拓精神に脱帽しての感想である。その名機関車がスクラップにされたので日米事情は同じなのかも知れないが、軍配は米国に挙げざるを得ない。(2005.10.12)







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