からくり日記

2004年01月01日

初夢・「経堂からくり堂

 ここは、世田谷・経堂の商店街である。最近、人に優しい商店街とか云う触れ込みで以前に比べずいぶん落ち着いた街になり、何となく昔から知っているような通りに変身したように感じている。

 <現実は厳しくて食べ物屋ばかり大繁盛>

 その商店街の一角に何時からだったか「からくり堂」というお店が忽然と現れた。店主は60歳前の頭の禿かかった小太りで色白の男である。いつもぶつぶつと何事かをつぶやきながら機材の補修をやっている。たまに店の商品を手元に置いて悦に入って眺めていることもある。近くの小学校が終わった時間には科学少年らしき子供達が店主を取り囲んで小難しい話をしているのが日常である。お店を見渡すと店舗の中心に鉄の塊のような蒸気トラクターが鎮座している。この商店街のお祭りに引っぱり出されて小さな子供たちの乗るワゴンを引いて走るお馴染みの石炭焚きの蒸気自動車である。はずみ車からベルトドライブで発電器を回し、満艦飾の電灯をともして走る姿をご覧になったことがあるはずである。

  <こちらは蒸気消防自動車、当時のカタログより>


  <消防自動車のピストンエンジン>

その周りには小型の蒸気機関車が何時でも始動できる状態で置いてある。これらは商品なのか店主のコレクションなのかは定かでない。まるで八丁堀の工具輸入品会社の展示場のようである。

 <英国型ライブ、我が家にはこれだけ>

もちろん、高価なものだけでなく科学少年達のためには、ポンポン船のような動力の原理を理解するための入門玩具や既に日本では滅亡してしまったメカニズムいっぱいのゼンマイ玩具が並んでいる。子供達からのリクエストがあればあちこち走り回って探し出してきているとのことである。あなたなら何を見てみたいですか。

 <こんなポンポン船がありました。>


 <どうです。これがゼンマイ仕掛けの玩具とは>

 さて、店に入って右側には歯車やクランクが組み合わせた1900年代欧州製の蒸気工場プラント模型が大半である。また、複式蒸気機関やエンジンの原点であるジェームス・ワットのエンジンがその片隅を占めている。左側には時代がかったエジソン蓄音機やゼンマイ仕掛けの骨董品、どうやらオルゴールの類らしい。私に囁(ささや)きかけるのは英国製の華麗な歯車を組み合わせたスケルトン時計である。歯車むき出しにも関わらず部品一個一個の仕上げが凄い、この出来映えは芸術品である。
 
 <自由が丘の某店で目撃、素晴らしい時計>

 店主の座る奥手には最新のコンピュータセットが数台並べてあるのだが、周りのお宝に圧倒されてしまい、何の価値もない箱に見えてしまう。どうやら商品ではなく主人が仕事に使っているらしい。 古くさい真空管アンプからは、ゆっくりしたテンポのジャズが流れているが、たまに店主愛蔵の蓄音機から懐かしい流行歌や落語が聞こえくる。私はSPレコード特有の雑音に混じって流れる音楽に哀調と懐旧を感じ取ってしまい長い時間耳を傾けてしまうのである。蓄音機のサウンドボックスの鉄針の振動が電気を使わずに共鳴箱の効果でこれほどの大音響になるという先人の知恵に感心してしまうのである。

 <携帯型HMV102をご紹介>

「いらっしゃい。どの様なものに興味おありですか。」
 ぼんやりと店を覗き込んでいた私に声がかけられた。
「いえ、ちょっと。」
 と口ごもると
「いえ、なーに、うちのお店を覗かれる方は、必ず好きなものがあるからなんです。どーぞお入り下さい。」
 心の中を見透かされたような言葉に誘われてお店の中に入ってみると子供時代から興味のあった数々のものが並んでいたのである。これがこのお店との出会いである。
 クラシックカメラは、当時の私にとって一番興味を持って親しんでいた世界であった。その頃の鞄の中には自分で修理調整をしたバルナック・ライカIIIaがいつも入っていた。このカメラは常時使っているせいか昭和10年製というのに今日でも我が家のバルナック中で快適なものの一つである。

 <これはIIIaより更に古いII型>

 さて、誘われるままに入った店内には高嶺の花のニコンSPが数台並んでいた。
「お好きでしょう、このSP。見かけは古ぼけているのですが、実は浅草の修理名人の六号弟子にオーバーホールしてもらいましたよ。ファインダーも分解し真空蒸着までやり直済みですよ。」
 薦められてファインダーを覗いて驚いた。少しアンバーがかった視野にレンズの焦点距離毎に色の違う枠が張り付いているのである。
「気持ちのいいファインダーですね。」
 というと待っていましたと云わんばかりに
「そうでしょう、このカメラを覗いた途端に欲しくなってしまうんですよ。お一ついかがですか?」
 と人なつっこく微笑んでいた。
「あなたのように若くて写真機を大事にしていただけそうな方には特別に勉強いたしますよ。人を見て商売しているお店なんです。」
 面白くて恐ろしいことを云う親父だなぁと思ったものの
「ではおいくらですか」
と思い切って尋ねると、世間相場よりもズーッと安い値段が帰ってきたので思わず手付けを払ってしまった。
これがニコンSPと「経堂からくり堂」という変なお店とのつき合いの始まりであった。

 店主の話では、年々さびれる地元商店と浸食激しい大手飲食チェーン店を見るにつけ、歴史の浅いこの商店街の活性化には口コミで人の集まる中心点を創り出すことが大事だと考えたそうである。最近の昭和レトロブームは、貧乏への回帰であり次の発展を生み出ぬ家庭ゴミ販売フリーマーケットと同類である。それならば世間に知られぬからくりお宝を一堂に会してその発するオーラとその製品に秘められた歴史の厚みを商店街の臍にしようと決意したそうである。 併せて未来を担う子供達をTVゲームやパソコンの仮想空間から決別させて、自ら手を使ったモノ作りへの興味を引き出さそうと考えたようである。店主の強引で我田引水的考えが世間に通用するかどうか疑問であるが、私も感ずるところもあり、このお店が気に入ってしまったのである。

 お店が軌道に乗り、商店街の雰囲気が変わるまでは紆余曲折があったようである。しかしながら、家庭の不要品を並べた一般のリサイクル中古店と異なり、高価であるが面白いからくりの並ぶ店は地元の見物客も含め評判になったのである。夢に見た品々がこの世の中に実在していたとあって、いい年をした大人どもが口コミで集まり、同好の士の輪が波紋のごとく拡がっていったのである。
店主は、売り上げの変化に動ずることもなく、相場を踏まえた価格で商売に努め、品物の分かる人には大変好評であった。唯一の例外は子供達である。次世代を担う彼ら、科学少年の反応にはついつい甘くなってしまうのである。

 この休日も彼の店にでかけた。
「今日の目玉は何?」
 私の問いかけに
「無から有を生み出す小型旋盤はいかがですか。」
「うーん、腕が付いて行くかどうか不安だな。それに肝心の置き場所がないや。」
「それじゃ、月並みだけどスターリングエンジンの完成模型はどうでしょう。弾み車を回すだけのものじゃなく扇風機に仕立ててありますが、」 
 確かに酒精(アルコール)ランプで動作するスターリングエンジンからクランク経由でファンを回す扇風機が店頭に置いてある。この珍妙な姿を見ると天空の城ラピタの世界に入りそうになる。10年ほど前に愛読していた米国のLivesteamという雑誌でこの扇風機の製作記事が出ていた記憶がある。第一次大戦前の思想闊達の時代に熱力学を駆使して(笑)産み出された摩訶不思議の器械である。
「どうします?」
 と尋ねられたものの「これ何に使うの?扇風機など何台もあります。!」と一喝するカミさんの顔が浮かび、「くわばらくわばら」とお店を退散してしまった。これ以後酒精(アルコール)焚きの扇風機にはお目にかかっていないので取り返しの付かぬ失敗をしたのかも知れない。

 ある時は、
「ちょっと不調なからくり人形はいかが?西洋のものと違い動作不安定だけど、曳き童子、本物だよ。」
「それはすごいね、テレビで動いているものを見たことあるんだけどよくあったね。学研で最近組み立てキットを出したようだけどあれってうまく動くのかな?」
「まずまずの出来のようだね、この人形をキット化するなんてたいした企画だよ。でも、子供達に売れてるのかなぁー?」
と主人が呟いていた。

 <学研の組立からくり弓曳き童子>

 「まあ、うちのものは本物というより実物の完全なレプリカ。(汗) これこれ!」
と指されたところを見ると学研の出した組立キットよりも一回り大きな弓曳き童子が辺りを睥睨していた。本物ならば国宝級のからくりである。からくり儀右衛門こと東芝の創始者とも云える田中久重が作ったものと寸分違わぬ人形である。これは一級の品であると素人目にも分かる逸品であった。
「たまにはいいものを見て目を肥やしてよ。いつもガラクタばかり置いているお店のせめてもの罪滅ぼしなんだから。それにしてもこの人形の調整は大変だ」
といいながら主人は私の存在などすっかり忘れて人形の整備に余念のない様子である。
 確かに、日本のからくりは歯車やクランク類でなくて太めの縒(よ)り糸を多用しカムの動きを糸を経由して人形の動きに変換している。糸の長さが時間とともに微妙に変化したり、張りつめたまま長期間保管すると動作が不調になってくる。このように常に調整が必要なことにより日本のからくりが大量生産の工業製品になり得なかった遠因かも知れない。 店主の懸命に補修する姿を見てかく思った次第である。

 と、ここまできたところで初夢からはっと目覚めてしまった。私にとっては宝船の夢よりもずーっと嬉しい夢であり、このようなお店が近所にあればいいなぁーと今年も新年から妄念を抱き続けそうである。(笑)
 「自分で店を出せたらな、いや、こんな店を探がした方が早いかな」と新春草々悩み始めているところである。このような商売をやっているお店をご存知の方は是非ともご紹介・ご連絡をお願いしたい。
 新しい年を迎え「からくり堂」の現実化を図りたいなぁーと妄想を抱く新春となってしまったが、大晦日からの年越し酒とお屠蘇のなせることのようである・・・・・反省(2004.1.1)







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